開業75周年、約5年に渡るリニューアル工事の完了、11月には地方競馬の祭典「JBC競走」の開催…と、いま多くの競馬ファンから注目が集まっている船橋競馬場。トップ騎手として「強い」と名高い船橋競馬場をけん引してきた森泰斗元騎手と、その運営の中核を担う二人が、JBCの開催実現に向けた思いやリニューアルが持つ意味、これからの船橋競馬場の在り方について語り合った。
担当者紹介
左から:
飯田満幸さん/千葉県競馬組合 副管理者
2023年4月より現職。船橋競馬場のリニューアル、JBC開催の誘致に尽力した。
森泰斗さん/元船橋競馬場所属騎手
2005年より船橋競馬場に所属。2024年11月の現役引退までに通算4459勝を挙げ、船橋競馬場の顔として地方競馬をリードし続けた名騎手。
佐川順一さん/船橋競馬場執行役員
よみうりランド入社後、計10年ほど船橋競馬場に携わってきた。今回のリニューアルも担当。競馬ファンの目線も持ち、日ごろから「遊び」としての競馬と向きあっている。
地方競馬の祭典誘致を実現した船橋競馬場の「強さ」とは?
佐川さん:船橋競馬場で15年ぶりのJBC競走の開催が決まりましたね。
森さん:JBCといえば、まさしく地方競馬の祭典ですね。騎手としては毎年参加したいと思う、憧れのレースでもありました。
飯田さん:これから開催というところでまだやることは満載ですが、船橋競馬場での開催が無事決定したということに、ひとまずほっとしています(笑)。
佐川さん:飯田さんたち千葉県競馬組合さんには、開催誘致に向けて色々ご尽力いただきました。
飯田さん:確かに、誘致委員会の立ち上げなど、開催決定に向けて奔走しました。ですが騎手会、調教師会、馬主会、厩務員さんたち、そして私たち競馬組合、船橋競馬場の施設管理をするよみうりランド、とみんなの力があったからこその実現だと思います。
森さん:今年は75周年だし、5年におよぶリニューアルも済んで…という絶好の機会だったので、「今年は船橋競馬場がやるしかない!」という思いが、みんなの中で共通していましたよね。
飯田さん:はい、そのぶん内側からの盛り上がりとプレッシャーがすごくて。これで万一決まらなかったらどうするんだろうと(笑)。なんとしてでもうちでやるぞという気持ちで取り組みました。開催に向けて県知事にプレゼンしたり。
森さん:どんなことをプレゼンしたんですか?
飯田さん:誘致の許可を得るために、船橋競馬場が持つ様々な特長をアピールしました。強い馬と上手い騎手、施設の充実、船橋競馬場が持つすべてで。結果、快諾いただきました。
佐川さん:まさしく馬と人、施設、全部の力が合わさって実を結んだ感じですね。強い馬という話が出ましたが、船橋競馬場って本当に昔から「強い」ことで有名なんですよね。「強い騎手」の代表格である森さんから見ると、その強さの秘訣ってどこにあるんでしょうか。
森さん:いやいや。僕達の力だけでも、馬が強いだけでもダメなんです。まず船橋競馬場は人材が優秀ですね。素質のある馬を連れてこられる調教師、馬の世話をする厩務員、装蹄師(馬のひづめに蹄鉄という道具を装着する技術者)、獣医師…。中でも厩務員さんが一番肝だと思います。厩務員さんの技術の影響はすごく大きくて、全然走れなかった馬が、担当の厩務員が変わってから急に成績が良くなるのをたくさん見てきました。
そして船橋競馬場では、そういう技術が人から人に受け継がれているのを感じますね。秘密にせず、教え合うから。あと「施設」という視点で言えば、船橋競馬場の馬場には内走路と外走路があってコースも広く、調教の負荷をかけやすいという大きな利点があります。
佐川さん:施設面で言うと2年ほど前、競馬組合さんの決断で馬場の改修も行いましたね。年数が経っても劣化しづらくて馬の脚にやさしい、オーストラリアの砂を取り入れて。
飯田さん:お客さんが来るスタンドももちろん大事ですが、馬が主役の競馬場においては、やはり馬場が一番大事な所だと思うので。馬の故障とかがないように、メンテナンスはきっちりしていますね。
森さん:嬉しいですね。馬場もいいし、今年はスタンドもぴかぴかになった。それもやっぱり、JBCの開催決定に大きく影響したと思います。
佐川さん:良い馬と、森さんたち人の力が築いてきた「強い」という船橋競馬場の歴史があって。それを支え続ける施設の力が重なって。まさしく「オール船橋」で開催を勝ち取ったJBCといえるかもしれませんね。
飯田さん:確かに。JBCはたくさんの人の注目が集まるせっかくの機会なので、これを機にさらに船橋競馬場を盛り上げていけたら嬉しいですね。

みんなの声からつくりあげた、 人と馬の距離が近い唯一無二の競馬場。
森さん:約5年に渡った全面リニューアルがようやく完成しましたが、そもそもなぜリニューアルを?
佐川さん:きっかけは施設の老朽化でした。けれど単なる建て直しじゃなくて、本当に施設の全てを取り壊して作り直しました。唯一変わらなかったのはパドックの場所ぐらい。コンセプトは「街との共生」です。
飯田さん:船橋競馬場はららぽーとなどの商業施設に囲まれている立地が特長。だからそれを活かそうと。
佐川さん:そうです。にぎやかな街の一員として、一緒に成長していきたいという思いがありました。たくさんの遊びが集まるこの街から、「競馬」という遊びを届けていきたい。なのでららぽーと側に新しいゲートを設けてふらっと入れるようにするのが、計画の一番最初に決まったことでした。さらに、地域のみなさんの憩いの場になるようにと芝生ゾーンも設けました。
飯田さん:前の競馬場から設計が大きく変わったので、開催運営の変更対応が大変でしたね。けれど、リニューアル計画のさなかにコロナ禍があったことで、計画自体にもさらに様々な変更が加わったんですよ。お客様の構成比も変わったから。
森さん:騎手の僕から見ても、性別も年齢も多様になったなと感じていました。若い方もかなり増えましたよね。
佐川さん:そうですね。若い方々はグループで来る傾向が高かったので、それに応えてグループ席を計画より多くしました。逆に席数は当初の計画より減らして、ゆったり快適に楽しめる競馬体験を目指したり。
飯田さん:お客様の構成比だけじゃなくて、ここ数年で競馬の楽しみ方にも変化がありましたよね。今はインターネットで馬券を買う人が約9割を占めているんですよ。
佐川さん:はい。なので、インターネットでも競馬が楽しめる時代にわざわざここまで足を運んでくださるお客様が求めているものはなんだろうと考えました。それは馬やレースが間近で見られるという、生の「遊び」なんじゃないかと。だからこのリニューアルのもう一つのコンセプトが「馬と人の距離が近い競馬場」なんです。例えば、装鞍所(レース前に、馬に鞍を付ける場所)というバックヤードをお客さんが見られるのは、うちだけの特長。
森さん:馬と人の距離が近づいたのは、騎手の目線でも感じましたね。後検量室前(レース後に騎手が検量する場所)のところが縦格子になって、お客様がスマホで写真を撮っていたり。そこで騎手がサインに応えていたりもします。僕もすぐそばで声をかけられることも。うかつなことを言えない立場なので答えられなくて、心苦しくなったりもしますが(笑)。物理的な距離が近くて熱気を肌で感じます。僕らは意外とお客様のことをよく見ているんですよ。いつも来てくれる人がいるなと思ったり、逆にあの人は最近見かけないな、なんて考えたりもします。
佐川さん:騎手側からもそんなにちゃんとお客様が見えているんですか。いち競馬ファンとしても嬉しいし驚きですね。
飯田さん:良いリニューアルができましたね。
佐川さん:完成した直後は70点だったと思うんです。けれど完成した後も、みんながどんどん意見をくれて。例えば、「パドックから馬場に出る道はまっすぐじゃなきゃ危ないよ」と強く主張してくれたのは森さん達騎手の方々でした。それで直しました。みんなが意見をくれて、このリニューアルに積極的に参加してくれているから70点が80点になって、90点、95点になっていった感じです。
森さん:佐川さんや飯田さんの施設側が、僕らの声にちゃんと応えてくれたんですよね。馬場もそうですけれど、特に馬のため、安全確保のために言ったことはちゃんと修正してくれたし。
飯田さん:それはもちろん現場の声が一番大事ですからね。これからもみなさんの声を活かして修正していくつもりです。
佐川さん:こうやって時代やお客様のニーズの変化に応えつつ、みんなの声を汲んでいったからこそ唯一無二の競馬場ができたし、これからもそうやってどんどん進化していきたいですね。

競馬を超えた「遊び」といつでも頼れる「安心」で、 自慢できる街の競馬場へ。
佐川さん:リニューアルは完了しましたが、それは新船橋競馬場としての次なるスタートだと考えています。さらにこれから船橋競馬場をよくしていくために、お二人はどうしたらいいと思いますか?
飯田さん:リニューアルした施設を活かして、色々な楽しいことをやっていきたいですよね。今の船橋競馬場だからこそできる、もっと楽しいことを。「馬券を買って投票する」だけじゃない、新しい遊び方をお客様に提案していくのがこれからの目標ですね。
森さん:例えばですが、ららアリーナとコラボして騎手がららアリーナでトークショーをやったり、逆に千葉ジェッツふなばし(船橋市をホームタウンとするプロバスケットボールチーム)にこちらに来てもらうのはどうでしょう。せっかく近いのだから、コロナ禍以前のように交流したらいいんじゃないかと思います。ららぽーととコラボして、○○円の馬券で割引なんていうのも、遊びの相乗効果になっていいかもしれないですね。
佐川さん:なるほど。私としては、地域の人が「うちの街に競馬場があって良かった」と思ってもらえるような場所にしていきたいですね。あまり大々的には押し出していないのですが、実は今回のリニューアルで地震に強い構造になったんです。避難所にもなれるぐらい耐震性の高い構造にしたり、帰宅困難者が出た時、300人が3日間過ごせる設備設計にしていたり。だから、お二人が言っていたように「競馬」だけじゃない遊びを届ける競馬場として、遊びの幅をどんどんパワーアップさせながら、さらにそれだけじゃない、街の人に役立つ施設としても知ってもらいたいですね。この街の一員として、「うちのそばには船橋競馬場があるんだよ」と自慢できるような場所を目指していきます。